2020年10月23日金曜日

新大関『正代』

 大相撲も新型コロナウイルスの影響を受け、中止・無観客・観客制限等で開催に苦しんでいるようですが、9月場所は、熊本県出身者では初めての優勝者とのことで『正代』大変場所を盛り上げてくれました。

 熊本県出身者で初めてというのは、横綱の土俵入りの不知火型もあり、相撲は盛んな県と思っていたので、びっくりしました。横綱の『不知火』は江戸時代の方だったようですね。

 同じ九州なので親近感もあり、あのテレビ画面から溢れるスケールの大きさインタビューでのマイペースぶりや笑顔等人間味が伝わってくるところが大変好感が持てます。

 今回の優勝で、『正代』のおばあちゃんの名前が正代正代(しょうだいまさよ)さん、石川さゆりさんと遠い親戚になる等の色んなエピソードも知りました。

 11月場所は本来、福岡で行われますが、今年は新型コロナウイルス対策を考慮し、両国の国技館で行われるようです。

 大相撲ファンとしては、強い両横綱を倒して、貴景勝・朝乃山・正代で切磋琢磨し、新横綱となり大相撲の新しい時代を築いてもらいたいものです。

2020年10月16日金曜日

視力検査

 40年も前の話ですが、父親の原付自転車の免許更新に同行した際のことですが、以前は警察署の受付で免許更新の手続きをした後、視力検査も行っていました。

 その時、前におられた高齢のおじさんが、視力検査を受けていました。

 女性警察官はおじさんにどちらの方向が開いているか質問をしましたら、そのおじさんは8』ですと答えました。もう一度同じ質問ですが、数字ではなくどちらの方向が開いていますかと同じ質問をしたら、同じく『8』と答えました。

 この問答を合計5回程度は行ったと思います。ちょっと笑いました。

 その結果、女性警察官はおじさんに眼鏡屋さんで、眼鏡を調整してもらうように促し、次回もう一度検査しましょうということになりました。

 今年の3月、私も運転免許証の更新へ行きました。

 視力検査で警官からどちらの方向が開いていますか、との質問でした。正直言って『〇』にしか見えませんでしたので、と言いましたら警官は右ですか?

いや、左です。そうですよね、左ですよね。

 何とかパスしましたが、5年後が今から心配です。

乱視があるので、あの時のおじさんのことが笑えなくなりました。

2020年10月9日金曜日

自然と付き合いながら

 九州昨年の稲作作況指数は、久しぶりに『不良』だったとのことです。これは九州全域で発生した『トビイロウンカ』の影響を受けたことが原因です。

 今年の稲作作況指数は『トビイロウンカ対策』が奏功し多少改善されましたが、7月の豪雨、低温、日照不足など『やや不良』の予測が出ています。

 ただ、今年も田んぼの中には『トビイロウンカ』の被害をうけて円形状に枯れた部分もよく見かけます。

 少し山間部に行きますとイノシシ等の害獣被害があり、金網、電柵を設置するなどの対策に手を焼いています。

 私も、4年前から少し広めの畑を借りて野菜作りを始めましたが、こちらのスイカ、昨年は大きなスイカが収穫出来ましたが、今年はやはり7月の豪雨や低温、日照不足で残念な結果となりました。

 先日、冬野菜の種まきをしましたが、翌日、畑へ行ってみたら畑の表面にくっきりと犬の足跡がありました。

 畑は犬の散歩コースのそばにあるため、犬が散歩コースを大幅に外れたのでしょう。

ただ、これからも自然と付き合いながら自家製の野菜作りを楽しみたいと思います。

2020年10月2日金曜日

台風10号

 最近は、地震・台風・集中豪雨等による自然災害が多く発生しています。

先日の台風10では過去に経験したことのない規模の災害が発生し、台風の特別警報を発令するかもしれないとのことで、ここ大分でもかなり皆さんが早めに避難所へ避難したようですが、新型コロナウイルスの影響(3)もあり、避難所が足りない現象も起こったようです。

我が家では雨戸がないので、全部の窓を養生用テープで十字と×で窓ガラスを補強しました。また、風呂にも水を溜めて台風に備えました。

台風が最接近した時間はかなり風も強かったけど、過去に経験したことがないほどの風ではなかったように思います。

ところが、21時ごろ停電になり、朝8時まで続きました。ここに住んで24年間、停電は初めて体験し、①冷蔵庫内の食品の心配②小型ラジオが正常に聴けなかった2点が確認されました。

台風10号が九州に上陸していたら、どのような災害があったか想像もつきませんが、今回はひとまず胸を撫で下ろしたところです。

2020年9月25日金曜日

城址廻り4回目。最後は仕事やなくて里帰り中のランニング。

長男と甥っ子を連れて広島城に行ってきました。


季節は8月の夜明け前、嫁の実家から2人を連れて出発。もちろん最初はみんな元気、と言うか甥っ子はテンション高め。サッカー始めて足腰には自信があるそうです。あらかじめ距離は伝えてたんですがまぁこの不安は的中します。

 

小さく山越えをした後、以前もご紹介した1.2㎞で120mの高低差を駆け下り一気に街中へ。走る方はご存知でしょうが、山下りは結構足にキます。振り返ると甥っ子くん、顔は大丈夫そうですが、たまに思い出した様に走り出したりちょっと止まったりマズイ傾向。まだ1/4

 

平地に入り東へしばらく進み、北側から遠くに城を臨みます。ここで折り返し。

まだ涼しいと思っていた外気もこの頃からどんどん上がってきました。セミも絶好調。

そして明らかにいっぱいいっぱいな甥っ子。さぁどうしよ?


行きが下りなら帰りは上りなのは当たり前。待ちくたびれ気味の長男には先に帰ってもらい、最後の2㎞はほぼ歩き(ちょいちょい休憩)でなんとか帰宅。やれやれ。

 

この後、嫁からお小言をしっかり頂きました。一方、親御さんは冷静。

やりきった顔はしてましたがもう付いてこんやろうなぁ。

 

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城内へは南側へ大きく回る必要もあったため、後日、小学生の末っ子も連れて改めて行って来ました。

 

広島城は西国の大大名となった毛利元就の孫・輝元により、太田川の形成する低湿な三角州を利用して築城されました。当時、一帯を己斐浦(こいのうら)と呼んでいたことから別名「鯉城」。

 

明治以降も軍都・広島の軍用地として引き継がれ昭和までその風格を示しますが、残念ながら1945年、原爆の破壊目標とされ崩壊してしまいます。しかし1958年、天守は鉄筋コンクリート製で市の象徴として復活を遂げ、その他、平成に入り〈馬出〉と言われる二の丸表御門なども当時の工法により復元され現在に至ります。


城内には被曝した樹木が散見され、マルバヤナギもそのひとつ。

たくましく生き続けるその姿は無言ながら命の強さを感じさせてくれるとともに、平和な令和の世へ感謝の意を表しているようにも見えます。


話がシリアスになりそうなので、謎のゆるキャラで締めます。

広島城再建60周年記念「しろうニャ」だって。

 

以上、今月のコラム担当でした。またね。